『陰翳礼讃・東京をおもう』谷崎潤一郎著(中公クラシックス)

関東大震災は災害という出来事の意味で大きかったが、文学史の中でも近代と現代を分ける節目となっている。

地震嫌いの谷崎潤一郎がこの地震をきっかけに、関西へ移住したことは有名だが、この『東京をおもう』という随筆では、そのあたりの経緯を含め、関西へ移住した谷崎から見た、関東の印象が綴られている。

東京の本当の下町に育った谷崎が、どうしてこれほどまでに自分の生まれ故郷である東京を悪く言うのか、そしてこれほどまでに東京を嫌ってしまうに至ったことに、多少なりとも驚きを感じる。街の様子、交通、居住環境、食べ物など、ことごとく関東(東京)の欠点をあげつらうところは、なんだか本当に神経質な人だったのだなあという印象を持つ。
確かに東京への集中の度合いが激しい時期でもあったろうし、暮らしの様式自体も大きく変化を遂げた時代だったのだろう。

『陰翳礼讃』と合わせて読むと、むしろ進歩的で西洋風の社会にあこがれる風でもあった谷崎自身の心境が、次第に日本という国の風土や精神を見直しつつ変化していくさまが見て取れる。
それが関西への興味を募らせ、そこに残る古き良き日本という国に改めて気づく、という地域性の違いと合わさったものであったところも興味深い。

確かに僕も京都が好きで何度か行ったけれど、行くたびに生活の中にある歴史的なものを雰囲気として感じて、こういう感覚は、東京の生活には決してないものだなあと思う。

一つひとつ書かれている物事の対象は、もちろん当時のものであるけれど、その内容としての本質的な意味や、そこに存在する構図は、まったく現代においてもそのままであることにも、ある種驚きに近い感慨を持った。