『理由はいらない』藤田宜永著(新潮文庫)

直木賞をとった『愛の領分』をはじめて読んでから、何冊か読んでいるけれど、今どき“大衆小説”という雰囲気を感じる作家だなあと思う。この作品もいかにもそんな感じが出ている。やくざの家に生まれ私立探偵となった主人公が関わる事件をひとつずつ短編にまとめ6編が収められている。続編も出ているので作者としては気に入ったキャラクターと言えるのかもしれない。

探偵小説とはいっても、ハードボイルドではないし、どちらかというと人情モノっぽい雰囲気が漂うのは、この人の作柄だろう。説教じみたところもないし、特別謎解きが凝っているわけでもなく、人間そのものを描いている。主人公はもうちょっとアクが強くてもよさそうなプロフィールだけれど、かなりさっぱりとした人物に描かれている。そこが物足りないという印象も無きにしも非ずだが、それが大衆小説っぽいところでもあると言える。

長編をいくつか読んだあとに短編を読んだのだけれど、恋愛モノの『金色の雨』などを読んだ時には短編もすごくウマいと感じた。いわゆる恋愛モノから探偵モノまで、ジャンルの幅も広く、短編も長編もこなす器用な人という印象を改めて感じた。