『凍れる瞳』西木正明著(文春文庫)

名前は知っていたのだけれど、初めて読む西木氏の著作。フィクションとノンフィクションの境にあるような作品ということになるのだろうか。四つの短編からなる作品集で、どれも中身が濃い。こういう骨太な印象の文章というのはなんだか久しぶりに読んだように思う。この本を手にとるまで知らなかったのだけれど、この作品で直木賞を取ったというのも読めば納得。

僕自身は四つの短編のうち『夜の運河』が一番面白かった。
漁業から水商売へ、まったく違う職業へ転換した男が、自らタイへ出かけて二人のホステスを連れてくる。そのうちの一人が日本人の買春ツアーの落とし子であるのだが、その父親に連絡を取ってみると・・・。というあらすじで、時代的な背景などが丁寧に書き込まれていることもあって、短編小説の味わいというよりは、何かもう少し深く、そして苦いような感覚というのを感じるのだ。“苦さ”というのは、収録されているこの本の四つの短編のいずれにも共通して感じ取れる。時代やその時代が象徴する社会と、その狭間でもがく人間が感じる苦さのようなものを感じ取るからではないだろうか。
そしてこの『夜の運河』の幕切れが実に鮮やかで、そして実に苦い。