『夏の情婦』佐藤正午著(集英社)

またまた、佐藤正午さん。相変わらず読み続けてます。
著作が多い人ではないので、このままのペースでいくと、全部読み尽くしてしまうかな。ちなみに次も決まってます。文庫になっているはずなのに、どこの書店でも見つからないのがわりと初期の作品なのですが、先日図書館で何冊か所蔵してあるのを発見し、借りてきました。

最近の作品から順に遡っているような読み方なので、この本が出たのが1989年になっていますが、この頃までいくとやはり読んだ感想としては、若々しいなという印象があります。雰囲気や描くものは一貫して変わっていないなと思うのだけれど、描かれている人物の描写から感じ取れる作者の感受性の若さみたいなものが感じられるということかな。
今まで読んできたものを思い起こしても、明るい未来がある終わり方をするものはなかったと思うのだけれど、ここに収録されている『傘を探す』という一編は、一応めずらしくも男女が結ばれることを予感させる結末になっている。そこまでの紆余曲折というか屈折した心理もあるのだけれど、“まあ、いっか”みたいなカンジで、男が女に一緒になる気持ちを電話で告げることで終わるのだ。たまにはこういうのもいいんじゃない、と思う。

一番気に入ったのは、最初に収録されている『二十歳』という作品。書き手としてのテクニックが色々なところで評価されているけれど、この短編なんかは本当にうまいなあと思う。僕自身が本当は同時代(同時進行に近く)として読めた作品だったのだけど、その頃にまわりからこの人のことを聞いたことはなかった。けっこう僕自身もおもしろいと言われた本は、素直にチャレンジしていたし、案外本好きの人とも付き合っていたのだけれど、どうしてまったく耳に入ってこなかったのかということが、今になると本当に不思議に思う。