『彼女について知ることのすべて』佐藤正午著(集英社文庫)

何と言ったらいいのだろう。淡々と綴られる文章が醸し出すなんとも気だるい雰囲気。そして登場人物がそれぞれに抱えている孤独、疎外、空洞の感覚。全体を通じて感じられる投げやりとも言えるような刹那な感覚。まったくどこかわからない不思議な場所に迷い込んでしまったかのような感覚。それがしかしどちらかというと心地よいと感じる“ヘン”な物語だ。もちろん“ヘン”というのは今まで味わったことのない心地よさのホメ言葉として・・・。

鵜川という教師と遠沢という看護婦が出会い、ある事件を経て別れていく物語だ。しかし読み進んでいくと、ストーリーを追っていくオモシロさよりも、何か決定的なものが精神的に欠落しているように感じるこの2人の登場人物の行動や言動から、目が離せなくなってくる。恋愛というにはあまりにも身勝手であるがゆえに、逆に伝わってくるその孤独感。この2人がなぜそんな孤独な人間なのかはわからないが、その孤独感をうめるために相手を欲しつつ、埋めても埋めてもその孤独感の穴は広がっていくばかりなのだ。
後へ先へと物語の時間が入り乱れる構成は決して読みやすいものではないけれど、わかりにくいということはないだろう。最終章の『秋』までくるととにかく一気に読ませる。

『ジャンプ』ではじめて佐藤正午に出会った僕は、ずいぶんと遅れて来た読者だろう。その後『Y』、『スペインの雨』、『恋を数えて』、そしてこの『彼女について知ることのすべて』と読んでみて、まだまだ、というか段々面白くなる。
この小説が発表されてすぐの頃、すなわち6年前の1995年当時、もしもこの小説を読んでいたら、ボクはどう感じたのだろう。どんな影響を受けていたのだろうか。そんな事をふと思ったのだった。