『珈琲時光』(2003年日本)(ビデオ)

封切りの時に、確か新宿高島屋にある、テアトルタイムズスクェアでやっていたと思う。もともとアイマックスシアターだった、大きなスクリーンと傾斜のある座席の仕様がけっこう好きな映画館で、見たいなと思っていたのだが、結局見逃していた。
地味な作品だから、あんまり話題にもならなかったが、やはりその後も気になってレンタルショップなどで何回か探したのだが、なかなか見つからず、ようやく今頃になって鑑賞。

小津安二郎監督生誕100年記念、として松竹が制作した映画だ。候孝賢の作品はもう10年以上も前に『恋恋風塵』を見ただけだが、その頃から小津安二郎の作品と一緒に語られることは多かったように思う。
ストーリーはあるようでない、ないようだが一応ある、という程度。物語を追う映画ではない。登場人物の日常が切り取られただけというような、地味なシーンの積み重ねだけ、と言ってもいい。それでもそこに、独特の雰囲気を持った一本の映画、ひとつの作品が出来上がっているという不思議な感覚を持って見終えたのだった。

冒頭のシーンからまずびっくりする。固定したカメラがとらえる、とても演技とは思えないような自然のままの動作、会話、動き。そこからエンディングまで、ずっとその雰囲気のままに進んでいく。
ボクはその世界に浸ることをとても気持ちよく感じた。ほとんどが逆光のアングルで描かれる映像の美しさ、いまどきのエリアをまったく登場させない東京を描いた景色、そこに付随する音、ぼそぼそとした言葉で交わされる会話など、何もかもが心地よいものとして感じられるのだ。やはり映画館のスクリーンで見たかったな、と思う。

ところで、色々な場所が印象的に登場するのだけれど、何回か出て来た『エリカ』という喫茶店の雰囲気が実によかった。調べてみると、神保町に実際にあった長く続いた喫茶店をロケで使用したのだという。行ってみたいと思ったのだが、昨年末に年配のマスターが亡くなってお店は閉店となったらしい。

珈琲時光』とは、“珈琲を味わうときのように、気持ちを落ち着け、心をリセットし、これからのことを見つめるためのひととき”という意味だという。どこに行っても、ドトールとスタバばかりになってしまった今時の喫茶店というものを思うと、個性のある喫茶店、お気に入りの喫茶店というようなものが無くなっていくのも寂しいものだな、と思う。