『玉蘭』桐野夏生著(朝日新聞社)

作品の順序としては、『光源』と『ダーク』の間にくる作品である。
作者自身の失踪した大伯父をモチーフにして、様々な時間の中でいくつかの物語が進行するという、少々複雑な構造をもった小説と言えるかもしれない。一章ごとに異なる主人公(視点)、そしてそれぞれに異なる物語、そこに描かれる恋愛や人間関係の感情の絡み合いはまったく独立して読んでも面白いのだけれど、長編としての印象は多少散漫な印象もあって、なんだかヘンな感じをもったことも確かだ。
その“ヘン”な感じについては、著者本人のインタビューで、こういう言葉を見つけたので、それを読むと、意図しないことを意図した(?)説明のつかなさ、のようなものの理由がわかる。
【以下引用】
私は小説の中で「実」の世界を作っている。「虚」じゃない「実」の世界を構築している。だから、小説の中でも「実」を突き詰めていくと、やはりそれは整合性もないし、理不尽だし、ものすごく変な人が出てくる。【 JUSTICE LIBRARY からの引用終了】

『光源』も『ダーク』も、読んだときに感じた、なんとなくヘンな感じ(というか違和感のようなもの)の正体がこれだったのか、と思う。とにかく読んでいて、このままどこへいってしまうのだろうか、というまったく想像もつかない展開が、ある種の音楽を聴くようなスリルのような感覚なのだ。とはいえ、それはひとつ外してしまうと、本当に何が何だかわからない展開にもなりかねないわけで、実際にはとても危うい部分で繋がりあっているのかもしれない。