『赤線跡を歩く』木村聡著(ちくま文庫)

文庫本とはいっても写真集の趣き。各地にあった赤線(公娼)跡をたどり、そこに残されている(あるいは近年まで残されていた)建物などの写真と短い文章を綴ってある。僕が生まれた一年前、昭和33年に売春防止法が施行され、すでに赤線がなくなってから40年以上の歳月が経つが、今もそうした場所には当時の建物が残されている様子がわかる。おそらくはバブルの時代前であったならば、もっと多くの建物が残されていたのだろう。

東京の街を歩くと、ふとタイムスリップしたような空間に迷い込むことがよくある。狭い路地を選んで入っていくと、思いがけなく古い建物などに出会ったりするのが散歩の面白いところだ。この本を見ていると、そうした妙に古めかしい街並みが、ひと昔前にこうした風俗が栄えた場所であったのかと思い当たったりした。ドアや窓の意匠、料理屋や旅館など転業したであろう商売が続く街並みなど、そうだったのかと思える場所を、もう一度訪ねてみたい気になる。

昭和の中ごろまでの様々な小説には、こうした風俗を描いたものが数多くある。それらはこれからもきっと残っていくだろうけれど、その舞台であった街並みなどは、あとどれほど残ることができるのだろうか。忘れ去られ、封じ込められようとしているそんな風景を、できる事ならいくつかでいいから、自分の目で見ておきたいと思う。