『時の物置』永井愛脚本(世田谷パブリック・シアター)

最近では最も楽しみにしている、といってもいい永井愛脚本の芝居。これも再演ということになるのだそうだけれど、僕自身は今回初めて見ました。昭和30年代の中ごろを舞台に、とある家族の生活を描いたものです。士族の出である母親、教師をしつつ文学を志す中年の息子、そしてそのまた息子と娘という一家に、その家族と関わる様々な人や出来事が描かれています。

当時は皇太子ご成婚があり、経済は右肩あがりの高度成長期で、テレビ・洗濯機・掃除機といった電化製品が家庭に入ってくる時代です。世の中はといえば、売春防止法が施行され、安保反対の学生運動なども盛り上がりを見せた時代でした。ちょうど僕自身が生まれた頃のことです。
 こうした世相や社会の出来事が芝居の中に取り込まれているのですが、芝居を見終えてあらためて考えさせられたのは、その頃の社会は、人間と人間の繋がりが今よりもずっと濃かった時代だったのだなあ、ということでした。兄弟、親子、家族は勿論のこと、友人や近所との付き合いなど、どんな付き合いも今から思うと考えられないほど密接であった時代でした。

僕くらいの世代が、実はそうした濃い人間関係がかつては当たり前のように日本にもあったのだと知る最後なのかも知れないと思うと、少し複雑な思いを抱きます。元へ戻ることを望んだりや、そうした時代に憧れるということではないけれど、便利なモノに満たされて、それと引き換えに失ってきたものがあるのだということは、忘れないでいるべきなのだと感じます。見終えて、ジワっと“芝居らしい芝居を見たなあ”と思える作品でした。